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『手話通訳問題研究』105号
『手話通訳問題研究』105号
  • グラビア
  • 随想
  • 手話この魅力あることば 87
  • 日本の手話いろいろ72
  • 連載 第10回 なんやろな、それ
  • 連載 アジアを旅して2
  • 連載 あり検 事例検討マンガNo6
  • 連載 第16回 手話通訳なるほど大学
特集 登録手話通訳者の問題
・登録手話通訳者の現状と課題
・手話通訳派遣事業に思うこと
・座談会/派遣コーディネート業務について

ZENTSUKEN NETWORK
・リレーエッセイ
・のぞいてみよう支部機関紙
チャレンジ手話クロス
かばんの中の一冊
特別報告1「第41回 全国手話通訳問題研究集会 in 山口」
特別報告2「研究活動育成強化事業 事業報告」
ハガキで話そう
グラビア 「いつでも今が『旬』でありたい」/大阪府 花山教子さん
「いつでも今が『旬』でありたい」/大阪府 花山教子さん
花山教子さんは手話歴30年のフリーのアナウンサー。CS障害者放送統一機構「目で聴くテレビ」にも関わっていて、主にアフレコやナレーションを担当。軽くお手伝いのつもりが、今ではリアルタイム字幕放送の手話通訳や映画紹介番組「白石弘のシネナビ」のディレクターなど、担当がどんどん増えて大忙しの毎日だ。
「いつでも今が『旬』でありたい」/大阪府 花山教子さん
画面の手話に合わせて声を吹き込んでいく。
「いつでも今が『旬』でありたい」/大阪府 花山教子さん
スタッフとの打ち合わせも入念に。
「いつでも今が『旬』でありたい」/大阪府 花山教子さん
「白石弘のシネナビ」撮影の1コマ。
「いつでも今が『旬』でありたい」/大阪府 花山教子さん
元気の秘訣はサークルメンバーとの週1の飲み会。
「いつでも今が『旬』でありたい」/大阪府 花山教子さん
寝屋川まつりの総合司会も10年目。新聞読みの河内家菊水丸氏との出番前の打ち合わせ。
「いつでも今が『旬』でありたい」/大阪府 花山教子さん
オフの日は、愛犬ふぃふぃとドラッグランへ。その後、淀川の川べりで風に吹かれる。
手話この魅力あることば 87
手話この魅力あることば 87
広島市にお住まいの、控えめで穏やかな村田ヨシヱさん。これまでのことを語っていただきました。
村田さんは、1928(昭和3)年、4男4女の8人姉兄の末っ子として広島市に生まれました。
幼少の頃は比治山多門院が遊び場で、兄やすぐ上の姉について回っていつも活発に遊んでいました。一度、軍人墓地に連れられて行ったことがありますが、木の墓標が一つずつ無数に並んでひっそりとしているのがとても怖かったことを記憶しています。
1935(昭和10)年、7歳の時に広島県立盲唖学校に入学しました。同年11月に盲学校と聾学校に分かれ、通っていた学校は吉島に移転しました。在学中は日中戦争、第二次世界大戦と混乱期であったため、学業に専念することが難しい時代でした。中等部3年の時には、縮景園(藩主浅野家の庭園)に草刈りに、4年には牛田山にある松林(現在の広島女学院大学の所在地)に行き、燃料となる松脂を採り、木切れを寄宿舎用の焚き木にするために持ち帰る作業をしました。いわゆる学徒動員です。
村田ヨシヱさんの手話表現
村田ヨシヱさんの手話表現
<訳>
学校卒業後、憲兵がわが家へやってきて、私は呼ばれ、連行されました。(憲兵が)言っていることが分かりませんでした。
<解説>
村田さんはろう学校中等部卒業後、炊事・洗濯など家事を手伝っていました。聞こえる女性たちはみんな勤労奉仕をしているさなか、彼女だけ家で遊んでいると憲兵に見られたのでしょう。憲兵に連行されますが、その時の表情はあまりにも平然としています。何が何だか分からぬまま連行された様子が表れています。
憲兵からいろいろ聞かれるうちにだんだん怖くなり、何を言っているか分からないという表情に、彼女のその時の心情がうかがえます。

『手話通訳問題研究』は、一般社団法人国手話通訳問題研究会会員限定の機関紙で非売品です。
お読みになりたい方は、各都道府県支部または、全通研事務所までお問合せください。

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